音環境がつくり出す商空間の行方
※以下は「商店建築」2010年11月号に掲載された内容です。
空間デザインにおいて、「音」はどのようにとらえられ、どのような効果をもたらすのか。また、そのための音環境づくりはどのように行われているのか。一つの回答として、今年のミラノサローネのインスタレーション「Luceste: TOSHIBA LED LIGHTING」でコラボレーションした音環境デザイナー・オノ セイゲンさんと建築家・谷尻 誠さんに、サローネや他のプロジェクトでの協働プロセスとそれぞれの空間/音環境への考え、そして音空間における音環境導入の可能性と展望について語ってもらった。(取材・文/阿部博子(ライター)ポートレート撮影/山崎亜沙子)
音の響きが空間の奥行きを広げる
ーお二人が一緒に仕事をされるようになっ た経緯は何だったのでしょうか。
谷尻誠(以下谷尻):セイゲンさんに初めて会ったのは、僕が設計した「名古屋の家」でした。 そこは、1階がフラワーショップとギャラリーで、2、3階が住宅という構成で、ギャラリーでセイゲンさんが写真家やアートディレクターと一緒に「LOUD VISION」(2009年)というグループ展をやると聞いて見に行ったのです。その時にセイゲンさんが、「ここは音環境が非常にいいね」とおっしゃった。
オノセイゲン(以下オノ):そうでしたね。職業柄、どんな場所でもその空間の音の反射や響きが気になってしまって。 それもBGMとかオーディなくて部屋の響きが。人間は誰でも反封音や響きによって、無意識のうちに部屋の大きさをかなり正確に認識しているんですよ。「名古屋の家」は聴覚上、同じ面積の四角い部屋よりもずっと開放的で広く感じる構造で、谷尻さんにこれは「狙って設計したのか」と尋ねたわけです。
谷尻:「名古屋の家」ではいわゆる折板構造という方式をとっています。梁を大きくするよりも、天井や壁面を折って構成することで耐震強度を高める構造にして長いスパンを飛ばして広い空間をつくっています。この構造によって、構造、設備、意匠のすべての機能を網羅して問題解決を図るという考えで設計しました。ですから、音のことは全く考えていなかったんです。
オノ:この住宅では、(然にも僕が常々考えていたことが具現化されていました。音の性質 の一つで、平行な壁面や平行な床と天井で囲まれた空間ではフラッターエコー(音が面にぶっかって反響する)という現象があります。人間は視覚だけでなく聴覚によっても空間の大きさや輪郭を認識しますから、フラッターエコーが起こりやすいエレベーターのような四角く
囲まれた空間では閉じ込められているように感じる。反対に「名古屋の家」は、天井や壁に角度がついていて、音が自然に拡散する構造だったため、会話でもオーディオでも、響きが良く非常に心地良かった。そこで「これは、音響で空間を広く感じさせる構造として、新しいビジネスモデルにできる」と谷尻さんに力説したんです。
谷尻:それを機にセイゲンさんのお宅に遊びに行くようになりました。
響きを足して、空間を消す
今年のミラノサローネでは、LED照明をテーマにした東芝のインスタレーション「Luceste」で、初めてお二人が一つのプロジェクトに携わっていますね。
谷尻:ここでは、光を見せるために空間の要素をなくそうと考えて、距離感や大きさが分からない空間を計画しました。プロジェクトが進むなかで、「会場にどんな音楽を流すのか」という議論が持ち上がり、どんな音や音環境がふさわしいのかと考えていました。そんな時にセイゲンさんのスタジオに招かれる機会がありました。 スタジオの照明を消して、手を叩いたり、声を出すと、30mくらいのスタジオの中で、まるでコンサートホールにいるかのような音の響きを体感できたのです。空間の大きさが光の明るさや音の響きにリンクしているという体験は、僕が考えていたコンセプトにつながると感じて、音響エンジニアリングはぜひセイゲンさんにお願いしたいと、僕からクライアントにプレゼンしました。
オノ:スタジオで谷尻さんに体感してもらったのは、その空間にある床、壁、天井からの初期反射音をマスキングする位の音量で、より広い空間の初期反射音と響きを人工的に加えることで、実際よりも広い空間にいるように感じさせるという実験です。これをサローネでどう表現するのか、というのが課題となりました。
マスキングというのは、ある音を別の音で隠すこと。日常空間で聞こえる音は、音源から直接聞こえる音だけでなく、その空間内の初期反射音が多く含まれています。割と小さな音ですが、音源がどの方向にあるか、また空間の材質や大きさはどうなっているかといった情報を、人間は初期反射音を手掛かりに認識しています。
ですから、本来の初期反射音よりやや大きな音量で、大空間で聞こえる初期反射音と響きを加えると、人は実際よりも大きな空間にいるような錯覚を起こすのです。
谷尻:インスタレーション会場は、影が出ない真っ白なホリゾント状の空間を立ち上げて輪郭を消し、空に見立てた天窓部分の照明演出に意識が向くような場をつくりました。音響エンジニアリングをする前は、音を出してもすぐに反響音が消えてしまう空間で、否応無く聴覚が空間の輪郭を認識してしまうような状態でした。
そこでセイゲンさんには、逆に音の残響時間を長くすることで、巨大空間にいるような響きを生み出し、聴覚的に空間を消す音響エンジニアリングをしていただきました。
オノ:そうですね。もう少し詳しく言うと、6.8秒の残響を設定しました。パーンと手を叩くと、その音が6.8秒間響き、まるでカテドラルのような巨大な空間にいるかのように感じさせるのです。
この技術よりむしろ難しかったのは、谷尻さんからの「スピーカーを見せたくない」という要望でした。
谷尻:そんなに難しくしていましたか(笑)
オノ:思いついたのは、何年か前に実験していた、壁をスピーカーにするアイデアです。わかりやすく言うと、ギターやバイオリンは、弦が振動してボディに伝わり音が鳴りますね。それと同じ原理を電気的に行う「超級室業学」を壁の裏に取り付けることで、壁がスピーカーの機能を果すのです。谷尻さんには冗談で、「壁全部、 バイオリンの材料でつくってよ」と言いましたよね。
谷尻:はい。でも、そんな予算があるわけない(笑)。 そこで、壁はMDFでつくりました。壁の厚みや超磁装置にかける圧力について、平面図や断面図を介してセイゲンさんとやりとりして、シミュレーションを重ねました。
オノ:MDFの厚さは当初の計画では10mmだったのですが、それでは厚すぎて音が鳴りませんからできるだけ薄い方が良いと伝えました。ただし、薄過ぎると強度が出ずに振動しなくなってしまう。実験の結果、4mmに決めました。超 磁素子は壁の裏側に取り付けて圧力をかけ、壁材自体を振動させる仕組みですが、圧力が強すぎても弱すぎてもいけない。圧力値2.0~2.5kgで調整しています。圧力を均等に加えるための取り付け方法が重要で、それを谷尻さんに伝えると、すぐに針金を使ってテンションをかけて圧力と取り付けを兼ねた構造を考えてくれました。いわば現地で巨大スピーカーを制作しているようなものです。ですから現場での作業が本当に重要でした。理論はもちろんですが、厳密に設計図通り施工されないと、求める音環境が実現されない。
谷尻:そうなんです。だから、現地の施工業者ではなく日本のスタッフを現地に派遣して精度を高めることに尽力しました。一般に、設計者やデザイナーの多くは、建築は建築、照明は照明、音は音、設備は設備など、すべてカテゴリーを分けてとらえています。しかし、セイゲンさんの考え方は、音というカテゴリーも建築というカテゴリーも超えている。そして、それぞれがうまく混じり合っていることが面白い。そもそも空間とは、体も、そこに流れる空気も音も光もすべて内包した状態を指すはずなのに、それをカテゴリー分けして考えること自体がおかしな話なのではないか。僕も空間デザインとは本来いろいろなものを内包して存在している状態を設計することじゃないかと考えていたので、セイゲンさんの考え方がすごくしっくりきたのです。
音を解体、再構築し一つの音として体感させる
一谷尻さんが、音に対して意識するようになっ
たきっかけは何ですか。
谷尻:数年前に「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」というイベントに行ったことが、大きなきっかけでした。これは、光を遮断された暗闇の空間で、参加者が視覚障害者の方にアテンドしてもらいながら空間体験をするという体験型イベントです。1時間ほどの暗闇体験をしたのですが、そこでは、自分の視覚以外の感覚を頼りにするしかない。この体験を通して、日頃見ている世界はほんの一部だと気づかされました。今までほんの一部の感覚でしか空間をつくっていなかったと気づいて、トータルな空間づくりをしていかなければいけないと考えさせられたんです。人は、闇があるから明るさを実感するといった、相対的な関係性への興味が深まりました。そうした意識から、サローネでは、インスタレーション会場に入る前に、床に段ボールを敷き詰め、暗く静かで、柔らかい感触のある前室をつくっています。外界のノイズ、光、触感をここで一度リセットすることにより意識を転換した上で、光の空間を体感してもらうという狙いです。セイゲンさんとの出会いや暗闇体験によって、一番表現したいことの周りにある、音や匂いのような、今まで見えていなかった要素が圧倒的に建築を引き立てるということに気づかされたわけです。
オノ:ミラノサローネでは、さまざまな会場で音楽が流れていて、我々の会場のようにコンテンツとしての「音楽」を流していない会場は珍しかった。それでいて、この空間以上に「音」に意識が向く会場はなかった。「響きを足すことによって音を消す」という試みには海外の来場者からも大きな反響がありました。
一お二人は、8月に東京・渋谷のパルコファクトリーで開かれたロンドングラフィック展「UK?OK!!」でもコラボレートしています。
谷尻:ロンドンのグラフィックデザインを紹介する展示会でした。会場構成を手掛けるにあたり、どうしたら「ロンドンらしさ」を感じてもらえるかと考えて、音でロンドンを感じさせるアイデアを思いつきました。11個の箱形の空間をつくり、その中だけで音が聞こえて、外では聞こえない状態をつくったのです。ロンドンの街は雑踏やノイズに溢れているイメージがあったので、箱の中に入るとアーティストのインタビューが聞こえるけれど、箱の外では来場者の行き交う音しか聞こえないという状態はとてもロンドンらしい演出になると思ったのです。それを音響的に実現できないかとセイゲンさんに相談しました。開催の3週間前だったでしょうか。
オノ:かなり厳しいスケジュールでしたけれど、もちろん引き受けました。箱が電話ボックスのように閉じた状態ならば、その中だけで音を聞き、周囲の音を遮断することは簡単ですが、これは箱の下部が開いている。そこが課題でしたよね。
谷尻:そう、上半身だけが隠れるようなボックスでしたねオノ:開放的な箱の中に立つ人だけに、ピンポイントで音を聞かせるにはどうしたらいいのか。 その回答として選んだのが、日本セラミックのパラメトリックスピーカーです。最近では美術館でも見かけるようになりました。絵画の前までいくと、そこだけで解説が聞こえるというスピーカーで、これを箱の頭上に設置すれば、その下に立つ人にだけ音が聞こえる仕組みを実現できます。しかし、パラメトリックスピーカーは500Hz以上の高域しか再生できません。そこで、箱の天井部分の内角に低域用の小型のスピーカーを設置して、箱のモード(固有振動)を利用して低音を再生しました。箱自体がウーハー、全体で2ウェイスピーカー。つまり一度音を解体して、それを箱の中で体感として一つの音として聞こえるようにデザインしました。
谷尻:音を一つとして表現するのか、たくさんあるものを一つとして感じさせるのか。セイゲンさんは後者の方法論を用いて音を表現していますが、この考え方は、僕のデザインに対する考え方と共通性があります。例えば、美容院の設計を依頼された場合、僕は美容院という場所でどんなことが起きているのかを考え、いくつもの要素に解体してみるところから考え始めます。美容院では、どんな行為があり、どんな設備が必要で、どんな空気が流れているかとどんどん解体していく。そのなかでデザインの要素を抽出して再構築することで、形が出来上がっていく。それはセイゲンさんがやっていることにリンクしていると思います。
一設計者が音響の専門家に依頼する場合、どの程度の音響の知識が必要ですか。
オノ:知識は全くなくていいと思います。そこでどんなことをやりたいのか、という明確なイメージがあって、一緒に空間からつくっていける環境を整えてくれることが大切です。商業空間で音響を考えるというと、大半の設計者は「音楽は何をかけるのか」という話から始まり、「JAZZ ならばスピーカーはこれ」という、備品選択の話だけで終わってしまう。音をコンテンツとして扱う演出方法はもちろんあってもいいけれど、音楽は個人の嗜好性が影響しますので、それだけに頼るのは危険ですし、物理的な空間にまで影響を及ぼすことはできない。それよりも、建築段階から音響デザイナーがかかわれる状況が出来れば、そこにはまったく新しいビジネスモデルを生み出す可能性があります。「名古屋の家」や「Luceste」のように、音の反射、拡散と響きによって空間の広がりや奥行きを感じさせることは、空間の価値を高めることにつながります。
谷尻:商業施設はどこも自己主張することにばかりに気を取られているように思います。店ごとに音楽をガンガン鳴らして主張し合っていますが、みんなが同じことをしているのでノイズにしか聞こえません。むしろ、音を消していくことで商品にきちんと向き合える状況を生み出せるのではないかと思うのです。つまり、ノイズに溢れている状況の中であえて主張しないことが、圧倒的な存在感を放つ手段になり得るのです。セイゲンさんと一緒につくった空間は、まさにその回答と言えるでしょう。僕は設計者自身が、目に見えない空気や光、音にもっと意識を向けたクリエーションをすることが大切だと考えています。そうした連鎖が街や都市に広がれば、真に豊かな環境が生まれるのではないでしょうか。