Established 1987 by Seigen Ono. “Vamos pedir a saideira” means “Let’s have a last beer to go”, the first sentence Ono learned. It never end the last beer, go on and on ordering another one. “saída” means “output / exit”. So this is the label, the music should released to the world audience from this gate. If you learn how to use this sentence in Brazil, you can make so many good friends. That’s how Ono start life time project. 

 
 DRAGONFISH LIVE
Seigen Ono Quintet

TRACK LIST:
01. Beach one
02. Morierimo
03. Dragonfish
04. Rumi-chan
05. Monica-chan
06. The school of slow fish
07. Ono-chan
08. Can I talk more about the Mars?
09. It’s Denise
10. The fish eat fish
11. Beach two
MUSICIAN:
Seigen Ono: Electric Guitar and Charango
Issei Igarashi: Electric Trumpet
Marco Bosco: Percussion
Satoshi Ishikawa: Percussion
Yayoi Yula: Voice
Keiichiro Shibuya: Keyboards
 
Written and Produced by Seigen Ono
Except "Ono-chan" composed by Marco Bosco

Recorded live at Spiral Garden, Aoyama, Tokyo September 7 and 10, 1998
Mixed and mastered by Seigen Ono at Saidera Mastering, Tokyo March and April, 2008
Original LIVE recorded on to a Sony PCM-800 with Studer D-19 MicHA and AD, 8track 48kHz16bit up convert to 96kHz24bit to ProtoolsHD
Used 3 X Sony Sampling Reverb DRE-S777, then convert PCM to Sony SONOMA DSD Audio Work Station via Prism Sound ADA-8(AES/DSD).SACD Multi-ch for 5.1surround(DSD mixing), CD layer mixed for headphone monitering.

カテドラルから零れ出た、ドラゴンフィッシュの夢
/佐藤英輔

カテドラル……教会の大聖堂。オノセイゲンは、“力テドラル状”という言い方をしたのだった。
青山スパイラル・ビル1階、スパイラル・ガーデンのカフェ・スペースの奥にあるステージ部分となる円形のところを。そこは、カフェ横にある通路から2階のフロアまで、円形のスペースをなぞるように螺旋状の通路が取り囲んでいる。
なるほど、なんとなくカテドラル状。スパイラル・ビル自体が青山通りに面していながら、その喧騒からオアシスのように離れた感覚を持つ建物であったりもする。ぼくはあの辺りで人と会うなら、同ビルを待ち合わせの場所に指定する。というのはともかく、確かにその奥に位置する円形スペースはポっと浮いたような感覚を有し、またどこか祭祀的な色彩を感じさせる空間となっている。そして、公演当日にそこに行くと、ぼくはそうかと領いた。もう少なくない客が、オノセイゲンの珍しい日本での公演(そのことについては後述します)を見に集まっていたのだが、そのオーディエンスのいる位置が見事に散っていたから。
ステージ上にはミュージシャンが等距離に向かい合うように機材が置かれ、その周り(のステージ上)にはすでに観客が座っている。また、それだけではなく、ステージを取り囲む螺旋状の通路にも人は思うまま立ち、通路の奥にいる人は当然2階部分からステージを見下ろす感じとなる。360度、観客席。もちろん、ステージ前方に広がるカフェの椅子席でゆったりと出演者の登場を待つ人達もいる。
なぜ、客とミュージシャンの立つ場所は分けられていなければならないのか。もっと送り手と受け手の自由な位置関係があってもいいのではないのか。その光景は、そうしたセイゲンの意思をきっぱりと伝えるものであるはずである。そして、それはセイゲンたちミュージシャン聞の自由な関係/距離感を示すものでもあったのだが……。
その“カテドラル"、実はずっと青山在住でもあるセイゲンにとって、わりと好きな空間だったのだそうだ。彼は自分の事務所のスタッフとそこで何かやってもいいネと軽い会話を交わしたこともあったという。そしたら不思議なもの、突然ですが空いてしまった日がありますからここで何かやりませんかと、スパイラル側からタイミング良く話が舞いこんだ。必然性がある、というのはそういうことなのだ。それが、98年8月下旬のこと。彼はそのとき仕事で公演予定日(9月7目と10日)ぎりぎりの9月5日までスペインに滞在していた。そのため、スタッフとEメールのやりとりをしながら、『SEIGEN ONO PRESENTS DRAGONFISH LIVE』は急逮実現に向かってカタチになっていったという。熱意さえあれば、時間的な問題などふっとばせるのである。くどいようだが、必然性のある場合には……。
ちなみに、ドラゴンフィッシュとはアロワナのことで非常に高価な魚(中国では幸運を呼ぶ魚)の名前である。セイゲンは青山にある自らのサイデラ・マスタリングを拠点に音楽制作からサイデラ・レコードの運営まで精力的な活動をしているわけだが、ドラゴンフィッシュはその活動の底に流れている“豊かさ"や“自由さ”をアイデンテフイファイする言葉であると考えていいだろう。
よし、スパイラルの円形スペースでライヴ・パフォーマンスをやってみよう。そう決まってからは早かった。
セイゲンは1年ほど前からライヴ・パフォーマンスについて、あるアイデアを持っていた。まず、カルテット基調の新しい編成でやってみたい、ということ。実はセイゲンはカルテット編成(4人)が好きである。彼はかつて3人のサンパウ口在住のブラジル人プレイヤーたち(アルト・サックス、パーカッション、アコーディオン)とカルテットを組んでいたことがあった。それは彼がブラジルに頻繁に通いだした90年代前半の数年間のことで、ライヴお披露目の場はいつもヨーロッパに限られたものの、そのカルテットの表現は88年から94年の聞に録られたマテリアルをまとめた『パー・デル・マタトイオ(屠殺場酒場)』(オリジナル・ライナー・ノーツはなんと力エターノ・ヴェローゾだ!(SD-1003)に一部収録されている。また有名なスイスのジャズ・フェスでは同カルテットが14人編成に増強されてライヴ収録(『モントルー93/94』SD-1004)された。さらには、98年リリースの3枚組大作『ラ・モヴィダ』(SD-1007〜9)のDisc-Bには95年7月フィンランドのポリ・ジャズ、フェスティヴァルでのカルテット演奏や、同年10月のイタリア・タイムゾーンズ・フェスティヴァルでのカルテットにストリングス・オーケストラを加えた形で行われた演奏も収めれている。なお、そのときのカルテットの一員であるサックス奏者のロベルト・シオンとアコーディンオン奏者のトニーニヨ・フェラグチのデュオ・アルバム『オフェレンダ』(SD-1010)をセイゲンはプロデュースし、自らのサイデラ・レコードから送りだしている。
そんな経験もあったし、あまり時間もない。ならば、スパイラル・ガーデンでのライヴは、本人のなかでコントロールしやすいカルテットの演奏陣にヴォーカリストを加えたクインテットの編成で行くこととしよう。彼はそう決めた。
そこで集められたのは、次のような人達である。

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・五十嵐一生(エレクトリック・トランペット)
日本ジャズ界で知らない人はいないと言っても過言ではないだろう、精鋭トランペッタ一。五十嵐のジャズ仲間は、彼がセイゲンと一緒にやっているのを不思議がっているそうな。セイゲンはトイズ・ファクトリー/ディープ・ブルーから出ている五十嵐の『トウキョウ・ムーン』(TFCC-88407)をプロデュースしていたりもし、二人はお互いを知り尽くした間柄。ましさく阿畔の呼吸と言える協調関係が両者の聞にはある。

・マルコ・ボスコ(パーカッション)
やはりセイゲン・セッション常連の一人。太鼓の勉強のためフ、ラジルからやってきてこちらで、結婚してずっと日本に住んでいる。ブラジル音楽に精通しているが、ブラジル人らしからぬ(?)生真面目な一面を持つ感覚派プレイヤ一。今回は別にフ、ラジル色の濃いものをやるつもりはなかったが、どこかにブラジル的なグルーヴが欲しかったために呼んだという。

・石川智(パーカッション)
芸大出だが、音楽のほうではなく、陶芸の専攻とか。パゴージに触発された日本の若手サンパ・グループ、パランサのメンバーである。セイゲンは彼らのリオで録られた初リーダー作『フエイジョーアーダ・コン・スシ』(ラティーナ LACD1001)のマスタリングを担当している。そのセイゲンに言わせれば、彼はいい意味で自分のスタイルしか出来ない。それがあまりにおいしいものであり、だからこそ誘ったとのこと。

・渋谷慶一郎(キーボード)
芸大作曲科出身の(当時)新進、今回の顔触れのなかでも一番若いのが彼である。本業はピアニストではなく
作曲家。しかし、だからこそ面白いものが弾ける場合もある。彼は『ラ・モヴィダ』の Disc-C で、美しいプリペアド・ピアノを弾いていたりもする。セイゲンは何よりも彼の積極性を買っているとのこと。優れた音楽性を持っているのは当たり前のこととして、その先に何が必要とされるか。その大きな一つがセイゲンに言わせれば積極性であり、なぜならそれはいろんな人とのコミュニケーションを助け、ひいてはそれは様々な人と重なるチャンスに繋がっていくからだという。そんなポジティヴな態度を持つ彼に、今回セイゲンは足かせを与えた。パーソナルで、はキーボードとなっているが、ピアノ系音色が必要な [2] 以外、セイゲンは彼にクラヴィア社の“ノードリード2"というヴァーチャル・アナログのシンセサイザーを弾かせているのだ。それは4音、もしくは8音しか出ず、しかも茫洋とした音しか出ないかなりコントロールが難しい楽器なのだそう。ここで聞かれる様々な浮遊する音は、そのノードリード2によるものだ。

・柚楽弥衣(ヴォー力ル)
今回の彼女の起用もまた、“必然"であった。セイゲンは彼女のことを3年前から知っている。彼女が歌っているテープを聞いて、その声のキャラクターと器楽的な歌い方がいいナと頭のなかに残っていたのだそう。だが、それっきりになっていた。ところが、今回のライヴをやる1週間前に偶然連絡があって、今回のライヴにぴったりの存在であるということで加えることになったのだ。で、実際、ライヴにおいて彼女は大活躍、ある意味、彼女の声が今回のパフォーマンスの表情を決めているところがあったりもする。
ボスコと石川、二人のパーカッション奏者が参加しているが、それは同所でのライヴは7目の昼下がりと10日のタベの2回行われており、彼らは日替わりで入ったからだ。7日が石川で、10日のほうはボスコが叩いている。参加者それぞれとセイゲンの付き合いはもちろんあるものの、彼らが一緒にやるのは初めてのこと。だが、リハーサルは一切せず、まったく白紙の段階でみんな一緒にステージに上がることをセイゲンは望んだ。サウンド・チェックもなし、やる曲に関してCD音源があるものは事前に渡しもしたが、楽譜は当日に渡しているという。まあ、それもほとんどコードとメロディしか記されていない単純なものだったというが。
「デュオならともかく、3人以上で演奏するときには何か決め事が必要になる。楽譜にはこうなったらこう行くみたいな構造が書いてあるだけ。ユニゾンとか合わせるところは必ず合図するから、あとはお客さんの反応も見ながら自由にやってと皆には伝えた。ドラマーのカウントで全員一緒にボンとスタートする曲なんてないから、順番に重なりあってし、くみたいな感じかな。何より大切なことは、その場に存在するエネルギーや気を感じとりながら、お互いが敏感に反応しあっていくこと……。弥衣ちゃんはちょっとリハやりたそうだったけど、彼女は音さえ与えれば
自然に声が出せる人なので全然心配していなかった。リハーサルは時間がないこともあったけど、今回の設定ではやりたくなかった。だって、お互いの手の内が見えたら、新鮮さがなくなっちゃうでしょ」
そんなセイゲンの発言に現れているように、今回のライヴはできるだけ即興的に、各人の技量/感性を突き詰める方向でなされた。そして、それにプラスして彼はもう一つ画策したことがある。それは、インプロヴィゼーションを求めつつ、アンピ工ントな音/空間をきっちり作りだそうということだった。
「それは会場の力テドラル的なイメージから来たことでもあったんだけど、アンビエントなものにしたいと思った。ホワーンとした長いエコーのなかで、みんな好きなことをやる。そしてそれらは隙聞を作りだし、そこからまた別な広がりが生まれていく……みたいな。リヴァーヴとディレイのなかで、静と動がずっと繰り返されるようなものを狙った」
そうした意向にしたがい、実際のライヴ・パフォーマンスにおいては、メインのPAスピーカーが通常の客席側たるカフェの方を向かずにステージ内側のほうに向けられていた。
「丸いステージ上が一番大きな音量を持ち、カフェのほうにその音が零れていくのを狙った。スピーカー(PA)には指向性があるけど、生の楽器はスピーカーのような指向性はないんだ。実際の楽器音は一方向に広がっていくのではない。あのカテドラル状の空間が一つの楽器になって、そこから生まれる音が全体を包み込むように広がっていくのが気持ちいいんじゃないかと思った。それが、アンビエントって意味でもあるかな」
そんな意図のもと、鋭意繰り広げられたライヴをまとめたものが、この『ドラゴンフィッシュライヴ』である。なお、できるだけ決め事を排して臨んだ実演とそのレコーデイングであったが、その一方で収録後のミキシングとマスタリングはかなり周到に行ったそうである。また、今回(08年)の再リリースに際し、SACDマルチチャンネル(5.1サラウンド)とSACD2チャンネル、さらにヘッドフォンで聞く事を前提としたCD2チャンネルという、3ウェイによる(それ、まったく初めてのことではないか)ハイブリッド商品化がなされている。当然それにあたり、セイゲンは周到に
再ミキシング/サラウンド・サウンド化を行っている。もちろん、新たな音などをオリジナルのライヴ演奏に加えることはしていない。
「SACDのハイブリッド盤って3種類のミックスを入れることが可能。5.1chサラウンドはこれこそがあのときの空間に近いという再現がなされている。また、SACDステレオではアナログ・テープにミックスしたものを通常のスピー力ーで聞くために仕上げている。そして、最近は携帯型オーディオ=ヘッドフォンで聞く人が多いわけで、今回の新装CD用ミックスでは昔からあるパイノーラルにある最新技術を応用してヘッドフォンでも立体的に聞こえるミキシングをしてみた」
本作に収められた曲は次のとおり。

01. Beach One
ライヴ・パフォーマンスが始まる前に会場に流されていた波の音(『海の目、海の風』SD-2003/4)を再構築したもの。もとの素材は「1988年1月、渡辺貞夫さんの『エリス』のレコーデイングで初めてリオに行ったとき、今思えばかなり危険な週末のコパカバーナ・ビーチで炎天下のもと3時間も、クラシック録音用のショップスのマイクとDATで収録した」とのこと。

02. Morierimo
実際のライヴがスタート。セイゲンのエレクトリック・ギターの“たゆとう"調べに、ヴォイス、エレクトリック・トランペット、パーカッションの断片が寄ったり、散ったり。もともとは『アンチョビ・パスタ』(SD-2002)に収録されていた曲。鹿島建設のTV-CF曲<森編>に使われていた曲でもある。この曲は、[1]に重なるように始められるが、実はこの設定にセイゲンは関与していない。本当は演奏が始まるすぐ前にCDを止める段取りだったのだが、止まらなかったので、そのテンポに合わせるようにライヴを始めたのだそう。臨機応変、結果オーライである。

03. Dragonfish
98年春から99年いっぱいにかけてサイデラ・レコードは<SD-2000シリーズ>というCDシリーズを月刊誌のように毎回読み物も添付してリリースしていたが、その1号である『ドラゴンフィッシュ』(SD-2001)に収録されていたタイトル・トラック。記憶の底にある甘美な記憶、胸騒ぎを覚えさせるような不思議な疼きを、一つひとつ手繰り寄せていくような曲調を持つ。まさに、セイゲンのメロディ・メイ力ーとしての才を伝える名曲だろう。オリジナルではセイゲンが訥々と爪弾くピアノの音だけでなりたっていた曲で、鹿島建設のCF<海編>に使われたもの。セイゲンはライヴ前日に渋谷慶一郎に電話し「この曲をおさらいしておいて」と指示、やはりライヴでやりたいと感じた曲だそうである。

04. Rumi-chan
青山にある人気へア・サロン「エイト・アンド・ハーフ」のマネージャーをしているルミちゃんにプレゼントした曲。ちょっとボサっぽいリズムを持つ曲で、このライヴ、のための書き下ろし曲だ。

05. Monica-chan
オノ セイゲンが最初にレコーデイング契約を結んだレコード会社がヴァージンUKだったわけだが、この曲はそのとき(89年)に逆輸入でライセンスされたヴァージン・ジャパンから出したシングル曲『モニ力・トルネラ・ドミニ力・セーラ』のチャランゴによるテーマ部分を引き出し、即興の素材として用いたもの。ちなみに、NYで録音されたそのオリジナル・ヴァージョンを今聞くと、結構アイリッシュ・トラッド的な色彩も持つ事に驚かされる。ところで、当時なせシシングルが切られたのかと不思議に思う人がいるかもしれないが、それはその曲がヴァージン・グループ総帥、実業家・冒険家のリチャード・ブランソン氏が出演のニッ力・ウ井スキーの“THE BLEND"というお酒のTV-CFに使われたためだ。

06. Theschool of slow fish
セイゲンの曲には魚にちなんだタイトルが多い。「アンチョビ・パスタ」「アイ・アム・ア・グッド・フィッシュ」「サンマ・サンバ」。本人も魚が好き。

07. Ono-chan
これは、マルコ・ボスコによるカリンパのソ口。ゆえに、これのみ作曲者のクレジットはボスコとなっている(他はもちろんセイゲンの作曲)

08. Can[talkmoreabouttheMars?
マルコ・ボスコのピリンパウとセイゲ、ンのディレイ・マシンによるギターのホールド音、渋谷のノードリード2の音が中心になったインプロヴィゼーション部分から始まり、幻想的に流れていく曲。

09. It's Denise
これは『ネコノトピア・ネコノマニア』が初出の曲で、『モントルー93/94』にも収録。今回が3度目のレコーデイングとなる。

10. The fish eat fish
インプロヴィゼ-ション主体で流れていく曲。3曲目とこの曲だけが7目に録られた曲で、他は10日に録音されたものである。なお、7日の目には同じ曲をやったりもしたが、3曲しか演奏していない。

11. Beach Two
会場で使用したビーチの音が、ボーナス・トラックとして収められる。

仕上がりはみなさんが聞いているとおり。これだけ鮮やかに即興しつつ、アンビエントな、漂う音楽もそうないのではないのか。その総体は、まさしくオノセイゲン100%というものになっている。
「リハなしの一発ライブCDがここまでいい感じに仕上がるとは思わなかった。五十嵐がクオリティ高いのは当り前として、そこに弥衣ちゃんのエネルギーと渋谷の張り切りがあり、ボスコのナチュラルさや石川の個性がうまく重なり、望外の仕上がりを示していると思う。きっと、フィールドの異なるミュージシャンをぶつける試みが良かったんじゃないかな。そして、約束事はしてもリハーサルをしなかったこと……それが集中力を生んだし、新鮮さにも繋がっているよね。ライヴで何が起こるかなんか分かってしまったら、そこで音楽は死んでしまう部分があると思う。そしたらお客さんもつまらないだろうし、お客さんをハラハラさせるには自分たちもハラハラしないと。そうしたものが、このライヴ盤にはうまく出ている」
ところで、実はここに収められたライヴ演奏は、なんとセイゲンにとって大々的に日本でやる初めてのライヴなのである! あれほどヨーロッパでは引く手あまたで、数々の(しかもいろいろな設定/顔触れによる)ライヴをやっているというのに。この後、2000年3月に彼は同じ南青山にあるブルーノート東京での9人編成によるパフォーマンスを鋭意行っており、その模様は『at the Blue Note Tokyo』(OMCA-1075)として商品化されている。まずはじめに、通常のライヴの場とは少し違った会場ありき。そして、そこから出てきた <アンビエントなるもの>というディレクション。また、初顔合わせの人選や、ノー・リハーサルという即興性やフレッシュネスを堅持しようとする態度……。それらは、不可分なものとして結びつきながら、ここに聞かれる音に結晶した。そして、それを根底で支えているのは、自由に自分の音を追い求めたいというオノセイゲンの音楽家としてのまっとうなプライドで、あり、豊かな価値観や人生観である。そんなことも、このライヴ録音作品はしっかりと認識させる。


聖なる響きを司る即興詩人
/松山晋也(音楽評論家)

98年9月に青山のスパイラル・カフェの一角で行われたこのライヴ、残念ながら僕は観ていない。なのに、今、実際にその場に居合わせたような気分になっている。いや、気分といった暖昧なものではなく、観客やパフオーマーたちの様子など、その時の現場の風景やざわめきや匂いが実体験として鮮明によみがえってしまうのだ。実際には体験していないにもかかわらず。
スパイラル・カフェは普段からよく行く馴染みのスペースだったから、というわけじゃない。このCDに刻まれた音があまりにも生々しく、同時に夢想的でもあるからだ。
現実にあった出来事をいつか夢に見たものと同じだと感じたり、夢に出てきたことを実際に体験したことのように勘違いしてしまう、つまり夢と現実の境界が溶けて混同してしまうことが僕にはたまにあるのだが、ちょうどこのCDの音楽もそんな感じなのだ。たゆたう音響は現実と空想を自由に往還し、僕を陶酔の旅に連れ出す。
次々と甘美なメロディを紡ぎだしてゆくセイゲンのギター。どんな局面においてもオリジナルなトーンでアンサンブゾレを豊かに膨らませてゆく五十嵐一生のトランペット。センスのいい味付けでリスナーのイマジネイションを一層広げてくれるマルコ・ボスコと石川智のパーカッション。ノードリード2なる珍しいシンセサイザーも駆使してアンサンプルの浮遊力を格段に高めてくれる渋谷慶一郎のキーボード。そして、パイーアの海の神イエマンジャのごとく、天空から縦横にミステリアスな風を吹き込む柚楽弥衣のヴォイス。
リハーサルはもちろんのこと、事前の打ち合わせなどもほとんどゼ口の状態で、全員がその場の気を読みながら自在に感応しあうことから生まれた、恐ろしいほど透明でセンシティヴな音の連なり。どこを切っても、ひとつひとつの音に自由で自律的な呼吸がある。音楽表現だけにとどまらず生き方そのものにおいても、予期せぬ出来事、新鮮な出会いを何よりも重視するセイゲンだからこそ創り出せたマジカルな音響空間だ。
プレイヤー各人の感性の赴くままに任せて集団即興的に遊泳し、しかも全体のアンビエンスで世界観を語るというセイゲンの制作姿勢は、基本的には80年代から一貫していたが、演奏空間そのものも楽器のひとつと考えて、トータルな音の響きをより深く厳しく探求してゆく手法が実質的に始まったのは、ここからではなかったか。先ごろリミックスで再発された『アット・ザ・ブルーノート・トウキョウ』や『マリア・アンド・マリア』、あるいは『SEIGEN ONO SEPTET 2003 LIVE』などの後続作品を聴くと、改めて本作の重要さに気づかされる。そういう意味でも、今回のリミックス、再発の意義は大きいだろう。
とことん研ぎ澄まされた、それでいて艶かしい響き。その瞬間の美をとらえるセイゲンの即興詩人として才能が、
ここでは一段とまぶしく見える。


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関連NEWS

オノセイゲン演出・音楽によるバレエ「LepetitballetdesRolly」は、7月18-19日のスイス、モントルー・ジャズ・フェスティバルの特設ミニステージで初演されます。世界初。ソニーのサウンドエンターテインメントプレイヤー『Rolly』を10〜20使用したバレエ。
音楽が、音の発されるところから切り離されたのが一世紀ちょっと前。いま、音楽はそこからさらにはなれて、持ち運び自由なだけでなく、光を伴って、かわいらしく、動きます。バレリーナが群舞をするとき、同時に音楽も演奏したら、どうだろう。しかも、各人はしっかり自分に振り付けられた動きを守りつつ、音も同様に、それぞれのパートを奏でるとしたら。動く、コンパクトなステレオたる口ーリーが、まさにそれを実現する。どれだっておなじ形態、個々にはっきりしたキャラクターがあるわけじゃない。でも、それが一斉に動きながら音を発し、バレエに、音楽に、なる。マシンでありながらマシンを忘れさせる、文字どおりの、動きと音楽のアンサンブルが、「バレエ」としてたちあがる。
(小沼純一)

詳しくはここをクリック→Le petit ballet des Rolly

NO.   Title Artist Arthor 作詞/作曲 JASRAC作品コード
1   Beach one Seigen Ono Quintet Seigen Ono 150-5960-0
2   Morierimo Seigen Ono Quintet Seigen Ono 058-7115-8
3   Dragonfish Seigen Ono Quintet Seigen Ono 060-3103-0
4   Rumi-chan Seigen Ono Quintet Seigen Ono 089-4513-6
5   Monica-chan   Seigen Ono Quintet Seigen Ono  089-5004-1
6   The school of slow fish Seigen Ono Quintet Seigen Ono 150-5961-8
7   Ono-chan Seigen Ono Quintet Marco Bosco 141-6750-6
8   Can I talk more about the Mars? Seigen Ono Quintet Yayoi Yura / Seigen Ono 150-5964-2
9   It’s Denise Seigen Ono Quintet Seigen Ono 082-4571-1
10   The fish eat fish Seigen Ono Quintet Seigen Ono 150-5965-1
11   Beach two Seigen Ono Quintet Seigen Ono 150-5967-7