Established 1987 by Seigen Ono. “Vamos pedir a saideira” means “Let’s have a last beer to go”, the first sentence Ono learned. It never end the last beer, go on and on ordering another one. “saída” means “output / exit”. So this is the label, the music should released to the world audience from this gate. If you learn how to use this sentence in Brazil, you can make so many good friends. That’s how Ono start life time project. 

 
Maria and Maria
Seigen Ono 

TRACK LIST:
01. Dragonfish
02. Flying Fish Wedding
03. Maria(8)
04. Maria(6)
05. Maria was sweet and gentle
06. I think you better go home
07. Stasimo
08. I think you are cruel
09. Who is she?
10. Anchovy Pasta
11. To you? No to me
12. Picnic
13. First Song
Composed and produced by Seigen Ono
Except "Stasimo" composed and co-produced by Peter Scherer
Produced by Seigen Ono
Mixed and Mastered by Seigen Ono at Saidera Mastering, Tokyo July - August 2007
Additional recording at Saidera Mastering, July 2007
Engineered by Tom Lazarus
Recorded LIVE direct to DSD at Clinton Recording Studios,
New York City, August 30, 31 and September 1, 2000
 
MUSICIAN: Performed by Seigen Ono Ensemble;
Seigen Ono, Jun Miyake, Yoichi Murata, Nao Takeuchi Hidenori Midorikawa, Issei Igarashi, Tomo Yamaguchi, Shinichi Sato, Satoru Wono and also Kyoko Enami, Yayoi Yula, Satoshi Ishikawa, Den and Cokky

Some time ago (was it 2000?) I first heard some early mixes/edits of "Maria and Maria", a work in progress by Seigen Ono. It was thrilling moment for me, but right away I had many more questions than there were answers.I was immediately convinced by the immersive and accessible surround sound space. This sense of a space was so real ‒ the localization of the musicians so clear ‒ these crystal-clear sounds were suspended and supported by a finely-textured haze of a reverb the likes of which I'd not experienced before. I found I was not asking the tired old questions about technology...I was following a musical dialog crafted so artfully in a strange world that was at once a fantasy and yet, now, a reality.
Seigen's techniques were carefully explained to me, but descriptions helped little to understand where this came from. Clearly this was a work born of neither a slavish devotion to obscure technologies, nor off-repeated mundane musical forms. Spirits were alive and dancing, moving through the room...this was real music. This work, recorded with DSD technology, was truly new work, not just recording of rehashes of the music of long-dead Western Europeans. And the essence of the this experience is the full sensual
assault of a Performance. Real musicians, real writing...sensitive, responsive supervision. This was not something pieced together with tweezers, using autotune and tempo maps.
Now, 7 year later, I understand that the work is (finally!) done. Since then I've borrowed many of Seigen's techniques and made them my own. I have especially concentrated on the idea of the integrity of the whole recording as performance. I've not yet found the appropriate context with which to implement one of Seigen's best ideas, which is to introduce reverberation directly into the recording space.
And in that same time we have been witness as the "modern" record business has shuddered and faltered, imploded and then crumbled; today's many little music businesses have unrecognizable forms and structures. Clearly, there is more music being made than ever before in the history of man. And so much of it is...well, not very good.
This album demonstrates to us that surround recording is able to reproduce not only a more dimensional space, but also something emotional and tactile in that moment ‒ and to transcend time and location.

Buenos Aires, August 2007 George Massenburg

2000年の秋だったか『マリア・アンド・マリア/オノセイゲン』の制作過程の音を聞く機会があり、それは実にスリリングな瞬間で、私はすぐにこのサラウンド空間に没頭しました。スペース感覚はとてもリアルで、繊細に織り込まれたリバーブとミュージシャンのローカリゼーションは、かつて経験したことないほど「クリスタルクリア」で、す。ファンタジーの奇妙な世界の中で巧みに創られた幻想的な音楽の物語に引き込まれました。それはここでは現実なのです。
彼は、技術的なことを丁寧に説明してくれましたので、私はこのレコーディング手法を理解しました。明確なことは、献身的にこの仕事が成しとげられたということです。スピリッ卜が生きていて、音楽として踊り、動く。これはDSDにより収録された本当に新しい手法の作品です。繊細で、敏感で、統率された本物のミュージシャンと楽曲による官能的なパフォーマンスを捉えることができたこと、これが本質です。過去の普通の録音方法とか、オートチューンやテンポマップで貼り合わせの音楽とは大違い。7年後の今、ついにこのアルバムが完成しました!この間に彼のテクニックの多くを私自身のものとして使用してきました。とりわけ録音全体を完全なパフォーマンスとして捉えることに集中しています。彼の画期的なアイディアのひとつである録音スペース自体に直接リバーブを取り入れる手法はこれからやります。
この何年かで「現代の」レコード・ビジネスはボロボロに崩れてしまった。私たちはその証人です。代わって多くの、小さな音楽ビジネスは、世間で目立たない構造です。明らかなことは、今は「かつてない量」の音楽が作られていますが、残念なことにそのほとんどはそれほど良くないのです。このアルバムは、サラウンド・レコーディングでは、空間の広がりだけでなく、エモーショナルで触れることができそうなものまで、その瞬間に再現できることを見せました。それは時空を超えることができるのです。

ー2007年8月、ブエノスアイレス、ジョージ・マッセンバーグ


ようやく上がったこのアドヴァンスCDを聴きながら、今、ニューヨークでの想い出をゆっくりとときほぐしている。スタジオのモニター・スピーカーから流れ出てくる生々しい音、ピーター・シェラーの誠実な人柄、ジョン・ゾーンの高笑い、セイゲンのキビキビした動き、そして最後の夜、セントラル・ステイションの地下のレストランでみんなで食べた生牡蠣の昧…。そう、昨年8月、僕はこのアルバム『Maria and Maria~』の制作現場に立ち合うという非常な幸運を得た。それは三重の幸運でもあった。
一つ目はもちろん、オノセイゲンのニュー・アルバムということ。ニつ目は、ジョン・ゾーン他ニューヨーク・ダウンタウン・シーンの実力者たちのスタジオでの演奏を目の前で体験できたこと。そして三つ目は、これが極めて特殊でハイブロウな録音システムによる作品であるということ。こういうスーパー・ラッキーな体験は、そうそうできるもんじゃない。では、三つの幸運な体験の中身について、簡単に説明していこう。

まずオノセイゲンの新作ということに関してだが、この録音の半年近く前、実は僕はセイゲンのもう一つのアルバムの録音に立ち合っている。いや、立ち合ったというよりは単に楽しんだといった方が正確か。ライヴ・アルバムだから。2000年3月12日にブルーノート東京で行われ、後日『Seigen Ono Ensemble at the Blue Note Tokyo』としてリリースされたセイゲン・オノ・アンサンブルによるたった一夜だけのライヴに接して改めて思ったことは、オノセイゲンという音楽家が、その場その場のヴィヴィッドな「気」の生成と流れを何よりも大切にする人だということだった。「何よりも新鮮さが大事。それがなくなったら音楽はおしまい。良質な音楽というのは、一番いい緊張と一番いいエキサイトと一番いいリラックスが同時に起こらなくてはいけないと僕は思っている」というセイゲンの発言は、振り返れば、そのライヴ盤だけでなく、彼のすべての作品にあてはまる。もちろん、ニューヨークでの本作の録音現場でも、その姿勢は終始一貫していた。セイゲンはスタジオ内でどんどん譜面を手直ししてゆくし、ほとんどのトラックがライヴ一発録りに近い形でスピーディにこなされてゆく。ミュージシャンたちの発する音の一つ一つがヴァイブレイションとなって絡まり合い、オーガニックな音楽へと生成してゆく様は、実にエロティックであった。それは、セイゲン・マジックとでも呼ぶべきものかもしれない。

二つ目の参加メンバーについて。僕は普段からニューヨーク・ダウンタウン・シーンの音楽にはとりわけ深い関心があり、中でもジョン・ゾーンに関しては、これまでリリースされた膨大な数の作品のほぼすべてを聴いてきた。だから、今回の参加ミュージシャンの陣容を知って興奮せずにはおれなかった。

ジョン・ゾーン(サックス) を筆頭に、ピーター・シエラー(キーボード) 、ジョーイ・バロン(ドラムス) 、マーク・リボー(ギター) 、ホメロ・ルバンボ(ガット・ギター) 、ジエーン・スカルパントーニ(チェロ) 、ジル・ジャッフェ(ヴィオラ、ヴァイオリン) 、マキシーン・ノイマン(チェロ) という錚々たるメンバー。ピーター・シエラーは、スイスのプログレ・バンド、アイランドのメンバーを経てニューヨークに渡り、アート・リンゼイとのアンピシャス・ラヴアーズで、多くの秀作を送り出した名うてのアヴァンギャルド・プレイヤー、ということなど今更言うまでもないか。ジョーイ・バロンは最近はジョン・ゾーンのジューイッシュ・ジャズ・クァルテツト〈マサダ〉のメンバーとしても活躍している。マーク・リボーは偽キューバ人プロジェクトの評判も上々。ホメロ・ルバンボはボサ・ノヴァからアヴァンギャルドまで何でもこなすブラジル人。ジェーン・スカルパントーニ以下の3人の女性は、ラウンジ・リザーズ周りでの活動で古くから知られてきた。全員が長年にわたってニューヨーク・ダウンタウンのアヴアンギャルド・コミュニティの第一線で活躍するヴェテランばかりだ。80年代半ばからこのシーンと密な関係を保ってきたセイゲンならではの人選である。こうしたミュージシャンたちによるスタジオ・セッションを目の前で見れる機会なんでめったにないだろう。

三日間そばで見た印象はというと、シエラーは寡黙な紳士、バロンは陽気な兄貴、リボーは研究熱心な職人、ゾーンは自由奔放なやんちゃ坊主といったところか。そして全員、実に素晴らしい集中力の持ち主ばかりだ。ゾーンなどは、自分の主宰するツァディック・レーベルの作品の録音では、スタジオ代を少しでも安く上げるために絶対と言っていいほど一発で決める(つまり、その前段階の練習を十分にやっておく) らしいが、そんな日頃の鍛錬ぶりが、この時の録音でも遺憾なく発揮されていたように思う。

そして三つ目、特殊な録音システムについて。そう、本アルバムの最大のポイン卜はここにある。本作は、セイゲンが現在熱心に取り組んでいる“究極のオーディオ・フォーマット"スーパーオーディオCD(SACD)としての自身の初スタジオ録音アルバムとして制作されたものだが、その録音は、1ビット方式のDSD(ダイレクト・ストリーム・デジタル)レコーダーによるマルチチャンネル・サラウンドで行われており、しかも演奏の際、ソニーが開発したサンプリング・リヴァーブの響きをスタジオ全体に付加しながら(つまりプレイヤーは実際にリヴァーヴ音を立体的に聴きながら演奏) 、録音するという、未だかつて誰もやったことのない前代未聞のシステムに挑んだものだった。演奏者にとっては、教会の中で全員で生楽器のライヴ一発録りをするようなものである。だから余計に、真剣勝負の緊張感に包まれ、セイゲンの重視する「気」がスタジオ中に充満するわけだ。僕はコントロール・ルームの四方に設置された5本のモニター・スピーカーの真中でずっと聴いていたのだが、その空気の震えの繊細さといったら、まさに未知との遭遇という感じであった。透明な音の一つ一つが無限の深みと柔らかさに溢れており、あたかも深海や宇宙を漂っているかのような陶酔的快感に包まれる。膨大な数の音の粒子が鼓膜を震わせるのだが、何時間聴いていてもまったく疲れないのだ。この温かさ、やさしさ、軽やかさこそが、本作の醍醐味だろう。

ちなみに、録音エンジニアのトム・ラザルスは、最近ではヨーヨー・マの作品を手掛けるなど、クラシック界では引っ張りだこになっている売れっ子だが、元々はオーネット・コールマンの「Virgin Beauty」とかラウンジ・リザース関連の作品で名をよげた人だ。生音にとりわけ強い彼は、このプロジェクトにうってつけだったはずだ。

また、セイゲンのSACDプロジェクトを協賛しているソニーの技術陣の真筆なサポートも見逃せないだろう。スタジオでも数人のスタッフが付きっきりでケアにあたっていた。本作のような画期的な実験も、こうした協力態勢があって初めて実現したわけで、オーディオ技術の進歩(それはつまり、ソフトの質的向上にも直結する) のためにも、ソニーの太っ腹には今後も期待したいところだ。

当然、参加メンバーたちにとっても、この体験は貴重だったようで、終了後に各々が興味深い感想を語っていた。「まるで音楽の中にいるような感じがするね。音楽と向かい合っているのではなく、夢を見ている時のように自分自身が音楽の中に入っているような響きがするんだ」とはマーク・リボー。あるいはジョーイ・バロンは「かつてジョン・ケイジの友人でもある環境音楽家の鈴木昭夫が、自身の使うパーカッションの自然なリヴァーブ効果について語っていたことを思い出したよ。このシステム(DSD) ではリヴァーブだけではなく、高品質な自然な音が再現されるところが凄いね」。

そしてもう一人、より的確で、専門的なコメン卜をしてくれたのは、ジョージ・マッセンバーグ。リンダ・ロンシュタットなどの作品で有名な、ハードにも精通した、エンジニア出身の大御所プロデューサーである。「これはまるでアナログのような音がする。今までのCDのようにフォーマットに限定されていない音がするというか。サウンド・イメージも素晴らしいし、精密で、分離も距離感もそこにいるようによくわかる。私はDSD についてもう一度考え直さなければならなくなりました。こんなにいいサラウンドを今まで聞いたことはありません。目の前のスピーカーが見えなくなってしまいました」。

アナログの現実感、肉体感と、デジタルの透明感の理想的統合。僕なりの言い方をすればそうなる。これは、ハイブリッドCD、つまりサラウンド及び2チャンネルステレオのSACD と、普通のCDの3 パターンが1 枚の中に入った仕様でリリースされるようだが、僕のように普通のCDプレイヤーで聴いてもはっきりと音質の凄さがわかるはずだ。

録音システムや音質のことばかり書いてしまったが、実際、この驚くべき音(サウンド)の感触こそが、まずはそのまま本アルバムの音楽(ミュージック)の醍醐味であり神髄である。収められた魅惑的な13 曲のこと細かな様相、そしてそこに込められたセイゲンのポエジーについては、各々で確認し、楽しんでいただきたい。

ー2001年6月15日 松山晋也

【追記】
上記の文章は、本作が2001年に初めてリリースされた時に書いたライナーである。今回、セイゲン自身により満足いくまでリミックス/リマスタリングが施され、価格も下げて改めて発売されることになったので、セイゲンのサイデラ・マスタリング・スタジオに赴いてその音を確認したのだが、またまた驚いてしまった。あの時、完壁だと思った音が、しかし確かに変わっているのだ。現実以上の現実というか、リアルを通り超したリアルというか…どこかへ連れ去られてしまうようで、ふと恐ろしくなる瞬間がここにはある。音響作業よの細かい説明は僕にはできないが、五感で味わう音とでもいうか、ここにある音には、匂いや色や肌触りまでも感じてしまうのだ。これこそ、音楽の、そして録音芸術の底知れぬ奥深さである。

なお、この新版では(7)を除く全曲の作曲者であるセイゲンにより、(1)(2)(10)(12)以外は完成バージョンとして曲名も変わり、また(3)(4)(6)(10)(11)(12)ではセイゲン自身のキーボードやギターなどでダビングが施されている。それらも含め、以前出た盤とじっくりと聴き比べていただきたい。

ー2007年8月19日 松山晋也


Some time ago (was it 2000?) I first heard some early mixes/edits of "Maria and Maria", a work in progress by Seigen Ono. It was thrilling moment for me, but right away I had many more questions than there were answers.
I was immediately convinced by the immersive and accessible surround sound space. This sense of a space was so real ‒ the localization of the musicians so clear ‒ these crystal-clear sounds were suspended and supported by a finely-textured haze of a reverb the likes of which I'd not experienced before. I found I was not asking the tired old questions about technology...I was following a musicaldialog crafted so artfully in a strange world that was at once a fantasy and yet, now, a reality.
Seigen's techniques were carefully explained to me, but descriptions helped little to understand where this came from. Clearly thiswas a workborn ofneither a slavishdevotion to obscure
technologies, nor off-repeated mundane musical forms.

Spirits were alive and dancing, moving through the room...this was real music. This work, recorded with DSD technology, was truly new work, not just recording of rehashes of the music of long-deadWestern Europeans. And the essence of the this experience is the full sensual assault of a Performance. Real musicians, real writing...sensitive, responsive supervision. This was not something pieced together with tweezers, using autotune and tempo maps.
Now, 7 year later, I understand that the work is (finally!) done.
Since then I've borrowed many of Seigen's techniques and made them my own. I have especially concentrated on the idea of the integrity of the whole recording as performance. I've not yet found the appropriate context with which to implement one of Seigen's best ideas, which is to introduce reverberation directly into the recording space.
And in that same time we have been witness as the "modern" record business has shuddered and faltered, imploded and then crumbled; today's many little music businesses have unrecognizable forms and structures. Clearly, there is more music being made than ever before in the history of man. And so much of it is...well, not very good.
This album demonstrates to us that surround recording is able to reproduce not only a more dimensional space, but also something emotional and tactile in that moment ‒ and to transcend time and location.

ーBuenos Aires, August 2007|George Massenburg

NO.   Title Artist Arthor 作詞/作曲 JASRAC作品コード
1   Dragonfish Seigen Ono Seigen Ono 060-3103-0
2   Flying Fish Wedding Seigen Ono Seigen Ono 089-4502-1
3   Maria(8) Seigen Ono Seigen Ono 089-4503-9
4   Maria(6) Seigen Ono Seigen Ono 107-0356-0
5   Maria was sweet and gentle Seigen Ono Seigen Ono 143-4120-4
6   I think you better go home Seigen Ono Seigen Ono 143-4123-9
7   Stasimo Seigen Ono Seigen Ono  
8   I think you are cruel Seigen Ono Seigen Ono 143-4125-5
9   Who is she? Seigen Ono Seigen Ono  
10   Anchovy Pasta Seigen Ono Seigen Ono 058-8181-1
11   To you? No to me Seigen Ono Seigen Ono 143-4126-3
12   Picnic Seigen Ono Seigen Ono 084-8281-1
13   First Song Seigen Ono Seigen Ono 143-4128-0